集団生活における予防接種の重要性についての見解
先月、新潟日報の紙面に、定期予防接種未接種の子どもを受け入れない方針を打ち出した
認定こども園の記事が取り上げられました。その後厚生労働省・内閣府の判断では、制度上
応諾義務があり、ワクチン未接種を理由に入園拒否はできないと新潟市に伝えたという続報
が報道されました。この記事を読まれた保護者の方が「定期予防接種をしなくても集団生活
をしてもよいのだ」と受け取らないためにも、新潟県小児科医会として改めて予防接種の重
要性についてご説明いたします。
欧米では就学前の予防接種を、例外規定を設けた上で義務付けているところも多くありま
すが、日本では定期予防接種を受けさせないという保護者の判断があればそれを保育所等は
受け入れざるを得ない状況となっています。
本来定期予防接種は、小児の年齢に応じてその保護者に対して接種を受ける努力義務があ
ると予防接種法第9 条に規定されています。確かに「努力義務」ですから罰則規定はないか
もしれませんが、逆に言えば特別な事情がない限りは「接種に努める義務がある」というこ
とです。
これは定期予防接種で防ぐことのできる病気が「人から人に伝染し、感染した場合にその
病状が重症に成り得る病気」で「その病気の発生とまん延を予防するため、特に予防接種を
行う必要があると考えられている病気」だからです。
予防接種の意味合いは大きく二つあります。1つは、子どもたち1人1人が病気に感染し
ないためにあるいは感染しても軽症ですむために予防接種をするという個人防衛としての
側面です。もう一つは、ある集団の中にどうしても年齢や病気のせいで予防接種ができない
子どもがいた時に、周りの接種可能な子どもたちがきちんと予防接種することで、接種して
いない子が病気から守られるという集団防衛としての側面です。
近年女性の社会進出が進む中、小さいうちから保育園や幼稚園、子ども園など集団の中で
過ごす子どもたちが増えています。そういった集団生活の中で少しでも病気が流行せず、健
康に安全に園生活を過ごせることは、園に子どもを預けるすべての保護者の願いであると思
います。そのように考えてゆくと、集団生活をするうえで、可能な範囲でできるだけ早く定
期予防接種を行うことは社会的なエチケットであると言えるでしょう。
予防接種が浸透し、その感染症が減少するとワクチンの必要性は実感しにくくなっていき
ます。しかしその感染症が流行しないのは多くの人がワクチンをしているからであることを
忘れてはいけません。また麻疹のように国内で一旦無くなったように見える感染症も接種率
が下がってしまえば、海外から持ち込まれた麻疹のせいであっという間に大流行を起こすか
もしれないのです。
もしかすると、インターネットや特殊な考え方をする専門家の意見を見たり読んだりして
予防接種は副反応が強い、心配と考えている保護者の方がいらっしゃるかもしれません。確
かに予防接種後の発熱や接種部位の痛みや発赤・しこりなどある程度の頻度で発生する副反
応も有ります。でもこれはワクチンが免疫のシステムに働きかけて効果を発するものである
ことを考えるとある程度はやむを得ないものです。一方、アレルギー反応や神経の病気など
は極めてまれで、さらには他の原因があるのにたまたま予防接種の後に起きてしまったとい
うものまでは入っています。国際的にみても日本のワクチン製造技術は極めて高くその安全
性は折り紙つきです。小児科医のおそらく99%はメリット・デメリットを専門家として判
断した上で、定期予防接種をお勧めしているのです。
万が一、定期予防接種のせいで入院するなどの大きな健康被害を被った場合には、日本で
は予防接種健康被害救済制度があり、因果関係が「否定されない限り」は保障されます。で
きるだけあってほしくはないことですが、こういった保険のようなシステムがあることも知
っておいていただければと思います。
麻疹を例にとると、免疫がないお子さんは患者さんと接触すれば90%以上の確率で感染
します。10 12 日の潜伏期間の後、約1 週間続く高熱、しばしば体を動かすこともできな
いほどの倦怠感、咳、鼻水、結膜炎、耳後部付近から全身に広がる発疹が出現します。麻疹
患者の約30%に肺炎・中耳炎・心筋炎などが合併し、1000 人に0.5~1 人の割合で脳炎を
合併します。麻疹の死亡率は2000~10000 人に1 人、2010~2011 年にフランスで流行し
た際には約12700 名が麻疹に罹り、6 名が亡くなっています。また、10 万人に1 人程度の
極めて稀ではありますが、1~10 数年後に亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を発症します。
これは知能障害、運動障害、ミオクローヌスなどの症状を示し、発症から平均6~9 カ月で
死亡する進行性の予後不良な疾患です。麻疹やSSPEに対する有効な治療法はなく、ワク
チン接種が唯一の予防法です。一方ワクチンの副反応としては発熱が約20~30%、発疹は
約10%に認められますが、いずれも軽症でありほとんどは自然に消失します。近年では、
ワクチンアレルギーの原因となったゼラチンに関しても、ゼラチン・フリーや低アレルゲン
性ゼラチンを採用するなどで改善されています。100~150 万接種に1 例程度、脳炎を伴う
ことが報告されていますが、麻疹に罹患した時の脳炎の発症率に比べると遙かに低いのがお
分かりいただけるかと思います。
新潟県小児科医会としては、予防接種の意義、必要性、安全性について正しいメッセージ
を保護者の方に提供し、集団生活をするうえで予防接種をすることがきわめて重要であるこ
とを改めて強調させていただきたいと思います。
平成29 年3 月28 日
新潟県小児科医会 会長 川﨑 琢也